【事例】
Q:私の父方の祖父が先月亡くなりました。
子どもの頃、私は祖父と数ヶ月に一回会う事があり、それなりに交流があったのですが、大人になったら祖父とは疎遠になり、亡くなった事も親戚から伝えられて初めて知った状態です。
実は私の父は既に亡くなっており、その為、私が祖父の相続人となるのですが、この間、他の相続人の一人の伯父から
「祖父の財産は自宅以外に無く、全ての相続人に分配出来る財産は無い。自宅は祖父の長男が相続したいと言っている。あなたは祖父とは疎遠だったので、相続を放棄してほしい」
と言われ、確かに祖父とは疎遠だったし、財産も無いのであればと思い、家庭裁判所へ相続放棄の手続きを行いました。
ところがその後、祖父の財産は自宅以外に預貯金があり、その総額は5,000万円になる事が分かり、伯父の話はウソだった事が分かりました。
頭に来たので伯父に対して遺産分割の話しを持ち出したのですが、
「お前は相続放棄を行った。相続放棄は取り消す事が出来ないので、お前はもう相続人ではないし、関係がない」
と言われました。
伯父は明らかに最初から私を騙すつもりで、私に相続放棄をさせたのです。このような場合でも相続放棄を取り消す事は出来ないのでしょうか?
A:事例のように伯父があなたを騙す目的で相続放棄をさせた場合、相続放棄を取り消す事が出来ます。
1.相続放棄は撤回出来ない
相続放棄は家庭裁判所に対して行うのですが、一度相続放棄を行いますと、その撤回は出来ません(民法第919条1項)。相続放棄の撤回が出来ない事例としては、
『被相続人が亡くなり相続人が財産の調査を行っていたが、約5,000万円の借金がある事が判明した。被相続人は借家暮らしで財産がほとんどない事が判明し、面倒な事に巻き込まれなくなかった相続人は家庭裁判所で相続放棄を行った。ところが預貯金や有価証券がある事が後から分かり、その総額は約7,000万円。つまり、差し引き2,000万円のプラスとなるので、相続人は相続放棄を無かったものとしたい』
このように、相続人自らの意志で相続放棄を行った時にその撤回を認めてしまいますと、法律上不安定な状態になり、他の相続人が迷惑を被る事になります。
その為、民法上、相続放棄の撤回は認められていないのです。
2.相続放棄の取り消しは出来る
ただし、相続放棄の取消しは出来ます(民法第919条2項)。
撤回は出来ないのに取り消しは出来るのか?と不思議に思われるかもしれませんが、実はここには大きな違いがあるのです。
つまり、「自分の意志で行った相続放棄」は撤回する事が出来ないのですが、「相続放棄を行おうと思った意思表示の形成過程に問題があれば」取り消す事が出来るのです。
事例の場合で言えば、確かに相続放棄を行ったのは相談者の方の意志ですが、相続放棄を行おうと思ったのは、伯父から「相続人には財産が無い」と騙されたからです(つまり、詐欺ですね)。
伯父から騙された結果、相続放棄をすると言う、相談者の方の意思形成に問題がある為、相続放棄を取り消す事は可能なのです。
3.相続放の棄取り消しが出来る具体的な要件
① 制限行為能力者であった場合
相続放棄を行った者が、民法上の制限行為能力者であった場合に相続放棄を取り消す事が出来ます。具体的には、
⑵ 成年被後見人が相続放棄を行った場合。
⑶ 被保佐人が保佐人の同意を得ないで相続放棄を行った場合。
⑷ 相続放棄について、補助人の同意を受けなければならない旨の審判がされているのに、被補助人が補助人の同意を得ないで相続放棄をした場合。
等が考えられます。
② 他人の詐欺又は強迫によってされた場合
事例のような場合や、強迫によって相続放棄をさせられたケースが該当します。
4.相続放棄の取り消しの方法
相続放棄と同じ方法で行います。
つまり、相続放棄を行った家庭裁判所に対して相続放棄の取り消しをする旨を記載した申述書を提出し、家庭裁判所が受理の審判を行うという方式です。
相続放棄の取り消しの効果ですが、これも相続放棄と全く同じです。
つまり相続放棄の取り消しの申述が受理されたとしても、確定的に相続放棄の無効の効力が発生するのではなく、第三者が民事裁判でその取り消しの効果を争う事が可能と考えられています。
なお、相続放棄の取り消しが出来る期間は、
⑵ 相続放棄の時から10年以内
のいずれかの期間となっています(民法第919条3項)
5.まとめ
このように、相続放棄を行った事情によっては、相続放棄の取り消しを行う事は十分可能です。
しかしその為には相続放棄の取り消しを行う申述書に家庭裁判所が納得出来るような記載や、詐欺行為が行われた証拠等が必要になってくる事があるでしょう。
その為、相続放棄の取り消しが出来る場合があると言っても、実際は困難な事がありますので、相続放棄は慎重に行う必要があるでしょう。