
こんにちは。司法書士の甲斐です。
今回は、相続放棄を検討している時に『やってはいけない事』をお話ししたいと思います。
被相続人が持っていた財産は原則、相続人に引き継がれます。
そしてこの財産ですが、不動産や預貯金と言ったプラスの財産だけではなく、マイナスの財産も含まれます。
つまり、被相続人の借金は相続人が支払っていかなくてはいけないのが原則です。
被相続人が、借金を返済できる程の遺産を残してくれていれば良いのですが、プラスの財産がほとんどなく、借金だらけと言った事も考えられます。
そうすると、何も落ち度が無い相続人が突然数百万、数千万単位の借金を背負う事になってしまうのですが、法律はちゃんと相続人の為に助け舟を用意しています。
それが、『相続放棄』です。
相続放棄は家庭裁判所に対して行う手続きなのですが、相続放棄を行う事で、初めから相続人ではなかった事になります。
その為、(プラスの財産も引き継げませんが)借金等の支払いを行わなくても済むようになります。
このように、相続放棄には非常に協力な効果があるのですが、手続きそのものは非常にシビアな要件が定められています。
まず、相続放棄には期限があり(三ヶ月)さらに、相続人が一定の行為を行った場合、相続放棄が出来なくなってしまうのです。
相続放棄が出来るのと出来ないのでは、今後の相続人の生活に雲泥の差が生じてしまうでしょう。
そこで今回は、相続放棄を考えている方に対して、行ってはいけない事を分かりやすく解説していきたいと思います。
1.相続放棄が出来ない=単純承認
『相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない(民法第915条1項)』とされています。
ようするに、「相続するのかしないのかを三ヶ月以内に決めて下さいね」と言う事です。
「相続する!」と決めた場合(これを『単純承認』と言います。)、もう原則相続放棄を行う事は出来ません。
また、この三ヶ月以内に相続する、しないを決めなかった場合、単純承認したとみなされます。
どちらにしても、もう相続放棄は原則出来ません。
さらに、法律(民法)では、相続人がある一定の行為を行った場合、単純承認を行ったものとみなす規定があります。
これが今回のテーマである、『相続放棄を考えている時にやってはいけない事』にあたります。
まずは民法の条文を見ていきましょう。
(法定単純承認)第921条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。二 相続人が第915条第1項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない
条文の書き方が少し難しいですので、分かりやすく解説していきます。
① 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき
「処分」とは「財産の現状または性質を変更したり、財産権の法律上の変動を生じさせたりする行為」をいいます。
具体的には相続財産である不動産を売却したり、家屋を取り壊す事が「処分」に該当します。
あくまで問題なのは「相続財産の処分」ですので、遺品整理等で財産的価値の無いものを処分(整理、片付け)した場合、それは相続財産の処分には当たりません。
なお、「保存行為」は相続について単純承認をしたとみなされません。
「保存行為」とは「財産の価値を現状のまま維持する行為」です。
例えば、痛んだ家屋の修理等を行う事です。
保存行為に当たる場合には、法定単純承認の効果は生じません。
② 相続人が相続放棄が出来る期間内に相続放棄を行わなかった場合
上述しましたが、期間内(三ヶ月以内)に相続放棄を行わなかった場合、自動的に単純承認したとみなされます。
ちなみに、三ヶ月の起算点である「自己のために相続の開始があったことを知った時」の意味は若干難しいのですが、気になる方は下記のページをご覧下さい。
(基本的には「被相続人が亡くなってから三ヶ月以内」と思っていただいて大丈夫です。)

2.相続放棄が出来る?出来ない?具体的な事例の検討
① 不動産やその他財産的な価値がある物の売却、譲渡
これは単純明快だと思います。
相続財産である不動産等を売却したり、タダで誰かにあげた場合、「処分」になりますので、相続放棄を行う事は出来ません。
② 預貯金の解約・払戻
被相続人の口座を解約、払戻しをしただけでは「処分」には該当しません。
しかし、払戻金を自分の為に使った場合は、「処分」になりますので、相続放棄を行う事は出来ません。
③ 借金の返済
被相続人が借金をしていて、その借金の返済を行った場合に相続放棄が出来るのか?と言う問題です。
結論としては、出来ないと思った方が良いです。
まず、支払期限が過ぎた借金の返済は保存行為に該当しますので、単純承認には該当しません。
ただし、その借金を相続財産で支払った場合、相続財産の処分に該当しますので、結果として相続放棄は出来ないでしょう。
では、被相続人の借金を、相続人自身の財産で返済をした場合はどうなるのでしょうか?
その為、相続放棄を考えている場合は、債権者に事情を説明し、借金の返済は行わない方が無難でしょう。
④ 葬儀費用の支払い
「遺族として当然なすべき被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたのは、人倫と道義上必然の行為であり、公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものであつて、これをもつて、相続人が相続財産の存在を知つたとか、債務承継の意思を明確に表明したものとはいえないし、民法九二一条一号所定の「相続財産の一部を処分した」場合に該るものともいえないのであつて、右のような事実によつて抗告人が相続の単純承認をしたものと擬制することはできない」
⑤ 財産の形見分け
財産の形見分けは基本的には財産的な価値が低いものであれば、単純承認に該当せず、相続放棄を行う事ができます。
ただし、「被相続人のスーツ、毛皮、コート、靴、絨毯など財産的価値を有する遺品のほとんど全てを自宅に持ち帰る行為は財産の隠匿に該当し、法定単純承認となる」という判例もあります(東京地裁平成12年3月21日判決)。
⑥ 借金の取立て
被相続人が第三者に対してお金を貸していた場合で、相続人がその借金を取り立ててお金を受領する行為は、「相続財産の処分」にあたり、単純承認事由となるという判例があります(最高裁昭和37年6月1日判決)。
⑦ 遺産分割協議
遺産分割協議は、相続人が相続財産について自分に相続分がある事を認識し、それを前提に、相続財産に対して有する相続分を処分するものですので、相続財産の処分行為であり、単純承認とみなされます。
その為、遺産分割協議を行った場合、原則として相続放棄は出来ません。
Ⅱ 相続人が相続放棄の手続を採らなかったのは、借金の不存在を誤信していたためであり、
Ⅲ 被相続人と相続人の生活状況、他の共同相続人との協議内容の如何によっては、遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、
Ⅳ その結果、単純承認の効果も発生しないと見る余地がある
とした裁判例があります(大阪高等裁判所平成10年2月9日決定)。
3.被相続人がアパート・マンションを借りていた場合
① アパート・マンションの賃貸借契約の解除(解約)
被相続人がアパートやマンションを借りていて、賃貸借契約を解除した場合、相続放棄ができるのか?と言う重大な問題があります。
基本的な考え方は、賃貸借契約の解除は保存行為等には該当しませんので、相続人の立場で賃貸借契約を解除した場合、単純承認に該当し相続放棄を行う事は出来なくなります。
その為、現実的な解決策は、大家さんに事情(相続放棄を行う事)を説明、家賃を滞納して大家さん側から賃貸借契約を解除してもらう方法が考えられます。
以上が原則ですが、例外もあり得ます。
例えば、被相続人が賃料を延滞していた場合に、賃貸借契約を解除した場合です。
このようなケースであれば、賃借権が資産としての価値が無いとみなされ、賃貸借契約を解除する事が保存行為に該当し、相続放棄が出来る余地があると考えられるでしょう。
同様に、被相続人に財産がほとんどない場合は、そのままにしておくと負債(家賃の滞納)が増えますので、賃貸借契約の解除が保存行為に該当する可能性があります。
② 延滞している家賃の支払い
それでは、延滞している家賃を支払った場合、相続放棄は出来ないのでしょうか?
被相続人の財産から支払った場合、被相続人の財産を処分した事になりますので、相続放棄は出来ないでしょう。
しかし、相続人個人の財産で滞納家賃を支払った場合、上記の判例でもあるとおり、相続放棄が出来る余地はあります。
③ 敷金の受領
アパート・マンションの賃貸借契約を解除した場合、大家さんに元々預けていた敷金が未払いの債務等を控除した上で返還される事があります。
この敷金を受領した場合、相続放棄が出来るかと言う点ですが、上記でご説明した「借金の取り立て」に該当しますので、相続放棄は出来ないと思って下さい。
4.まとめ -本当に相続放棄は出来ないのか?-
以上、相続放棄が出来る事例、出来ない事例をまとめてみました。
ただし、ここまでご覧になられた方は、「相続放棄が出来ない事例であっても、その時々の状況によっては、もしかしたら相続放棄が可能なのかもしれない」と思われたはずです。
実際に相続放棄は様々な事情を考慮して認められるケースがあります。
「この事例では絶対に相続放棄が出来ない」と思われても、細かい部分まで事実関係を整理して、チャレンジしてみるべきだと思います。
ただし、それには難しい判断を行う必要がありますので、専門家への相談は必須だと思って下さい。
当事務所では相続放棄に関しまして、ご相談は全国対応させて頂いております。
相続放棄の事でお困り、お悩みの場合はお気軽にご相談下さい。