【事例】(今回ご紹介する事例は、非常に良くあるご相談を参考にした創作です。)
Q:数ヶ月前、父が亡くなりました。実は父は再婚をしており、前妻との間に子供が2人、後妻との間に子供が3人、合計5人の子供がいます(私は後妻の子供です)。
相続財産は自宅以外に目ぼしいものはない為、私が相続する予定で、他の相続人には相続を放棄してほしいと考えています。
しかし、問題は前妻の子供達です。
私達は前妻の子供達とは面識が一切ない為、普通に相続を放棄してほしい事を伝えても争いになる事が簡単に想像出来ました。
その為、私達は弁護士に依頼して、後妻の子供達に相続の放棄をしてほしい事を交渉してもらうようにしました。
弁護士からのアドバイスを受け、相続放棄をしてもらう為の「ハンコ代」もきちんと用意して、相続の準備をしていたのですが、後妻の子供達が私が相続する事に猛反発していると言う連絡を弁護士から受けました。
相続財産は本当に自宅しかなく、相続人5人で分ける事は不可能です。
ハンコ代として少しですがお金も用意しています。
それなのに反対する理由が良く分かりません。
このような場合、結局どうすれば良いのでしょうか?
A:おそらく、弁護士の最初の交渉方法に問題があったと思われます。
法律的な主張だけではなく、背景事情もきちんと説明し、かつ相手方の言い分もきちんと聴く姿勢が必要です。
1.代償分割と相続の放棄とハンコ代
事例のように相続財産が不動産のように分ける事が出来ないものがほとんどである場合、遺産分割の方法としてまず考えられるのが、一人が相続して、その相続人が自分の財産から、他の相続人の法定相続分を支払う「代償分割」です。
しかし、相続人自身にも財産がない場合はこの代償分割が使えません。
その為、実務上、遺産分割協議書に実印を押してもらう代わりに数十万円の金銭(ハンコ代)を支払って、遺産分割協議を成立させる方法が良く使われています。
いわゆる家庭裁判所に申し立てる「相続放棄」ではなく、相続財産を取得する事を放棄してもらう事を目的としているのですが、このハンコ代を巡って相続人間でもめるケースが多い為、弁護士が代理人として相続を放棄してほしい相続人と交渉する事が良くあります。
相続したい側の相続人にとってみれば、面倒な交渉を弁護士に全て任せる事が出来ますので、非常に助かると言う感じだと思うのですが、実はここに落とし穴があるのです。
弁護士が交渉の為に相続を放棄してほしい相続人に送った書面を巡って、トラブルになる事も良くあるのです。
2.弁護士が送付した書面で相続人間がもめる根本的な原因
相続を放棄してほしい相続人に対して送付する弁護士(司法書士もそうですが)の書面にはどのような事が書かれているのでしょうか?
弁護士によって多少違いがあると思いますが、概ね下記のような文章が書かれています。
当職は、後記依頼人(山田太郎氏)より委任を受け、貴殿に対し、以下の通り通知いたします。
このたび、平成○○年○月○○日に、 貴殿の実の父親であり、山田太郎氏の父親でもある「山田一郎氏」が亡くなりました。
当職が調査したところ、山田一郎氏の遺産は自宅である横浜市泉区○○の不動産のみであり(詳細は添付の財産目録をご確認下さい)、相続人全員の方に遺産を分ける事が出来ません。その為、山田太郎氏が上記の不動産を相続する遺産分割協議を成立させたく、本書面を送付いたしました。
○○様に置かれましては、ご不満があるかと思いますが、現状では相続を放棄して頂くしかありません。なお、遺産分割協議にご協力頂いた場合、その代償として○○十万円をお支払いさせて頂きます。
大変お手数ですが、同封の遺産分割協議書に実印で押印頂き、印鑑証明書と共に当職まで返送をお願い致します。
なお、本件に関する今後のご連絡につきましては、山田太郎氏に対する直接のご連絡はお控え頂きますようお願い致します。
一見すると、何も問題が無いように思われます。
弁護士も「だって財産が無いのだからしょうがないでしょう?」と言う感覚だと思います。
しかしこの手紙をもらった方の感情としてはどうでしょうか?「財産が無いのだから仕方がない」かもしれませんが、一方的過ぎではありませんか?
しかも何の連絡もなく遺産分割協議書を送ってきています。
はっきり言えば、これで「もめないようにする」事は不可能です。
ではなぜ、弁護士(司法書士)はこのような、もめる原因となるような書面を送ってしまうのでしょうか?
全員がそうとは言いませんが、基本的に弁護士の関心ごとは「法律」の事です。
つまり法律の事以外は興味がありません。
その為、本来であればなぜ相続人の一人が相続するのか、被相続人がどのような事を語っていたのか、その背景事情はどうなのか、そう言った細かい事情をきちんと説明すべきなのですが、事件の相手方に対しては丁寧に説明する弁護士が少ないのが現状なのです。
これは弁護士は元々対立する当事者の代理人であり、依頼者の利益は最優先すべきですが、相手方の事は何も考えなくても良い為、相手に対して丁寧に説明すると言う文化が無い為なのかもしれません。
この事が、弁護士に依頼した結果、よけいに相続でもめてしまったと言う結論になるのです。
3.まとめ -もめる相続を回避するには、まずは丁寧な説明から-
相続手続きは様々な法律の条文から成り立っていますので、ついつい法律的にはどうなのか?と言った考えが先行しがちです。
しかし、人間は感情の生き物です。法律的には正しくても納得出来ない、と言う事は多々あります。
相続で不用意にもめない為には、人間関係の当たり前ごとですが、相手の立場にたち、丁寧な説明を行う事を心がける事が重要になってきます。