判例をおさえた3ヶ月経過後の相続放棄で借金から解放される方法

相続放棄

こんにちは。司法書士の甲斐です。

インターネットで検索されているキーワードは、専用のツールを使用する事により、月間どれくらい検索されているのかを調べる事が出来ます。

試しに相続関連のキーワードの検索数を色々と調べてみたのですが、そこで目を引いたのは「相続放棄」の検索数です。

相続放棄は私も良く事件として受任はするのですが、それでも相続の手続きの中では特殊な分野だと思い、検索数もそれほど多くはないと思っていたのですが、実際の相続放棄の検索数は月間で約18,000回でした。

「相続」と言うキーワードは約22,000回検索されていた事を考えると、実は相続放棄は相続手続きの中において大部分を占めている事に気が付きました。

確かに、相続放棄は簡単な事もありますが、相続人の事情によっては非常に問題をはらんでいる事もあり、債権者から相続放棄の無効を訴えられる事もありますし、その判例も沢山存在します。

その為、検索数も必然的に多くなるのでしょう。

そこで今回は、相続放棄を行う上で最低限押さえておきたい判例をご紹介したいと思います。

1.相続放棄が出来る期間

相続放棄は家庭裁判所に対して申述して行うのですが、相続放棄が出来る期間は決まっています。まずは民法の条文をみてみましょう。

民法第915条第1項
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。

「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」・・・これを「熟慮期間と言います。

この条文の言い回しが若干曖昧であり、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは一体いつなのか?と言うのが良く問題になります。

当然と言えば当然ですよね。

相続人にとってみれば、熟慮期間のスタート地点が遅ければ遅いほど、相続放棄が出来る可能性が増えてきますし、被相続人の債権者にとってみれば、熟慮期間のスタートが早ければ早いほど、相続放棄の無効を主張する事が出来ます。

この様に、熟慮期間のスタート地点については、相続人と被相続人の債権者との間で争いになる事があるのですが、この点について、有名な最高裁判例がありますのでご紹介しますね。

最高裁昭和59.4.27判決(民集38.6.698、判時1116.29)
(判示事項)
民法915条第1項所定の熟慮期間について相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当であるとされる場合。

(裁判趣旨)
熟慮期間は、相続人において相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人においてこのように信ずるについて相当な理由がある場合には、民法915条第1項所定の期間は、相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算するのが相当である。

(裁判所HP裁判例情報より引用。)

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

つまり、『熟慮期間は原則として相続人が被相続人が亡くなった事、自分が相続人である事実を知った時から起算すべきだが、相続人がその事実を知った場合でも、

A:熟慮期間中に限定承認や相続放棄を行わなかったのが、被相続人に全く財産が無いと信じた為であり、かつ、

B:被相続人の生前の状況からみて、相続財産の調査が著しく困難な事情があり、

C:相続人が相続財産が無いと信じる事について相当な理由があると認められる場合は

相続人が相続財産(マイナスの財産も含む)の存在を知った時から 熟慮期間は起算すべきである』

このように被相続人が亡くなってから3ヶ月を経過しても相続放棄が出来る事があり、家庭裁判所でも柔軟な取り扱いがされています。

しかし、家庭裁判所において相続放棄の申述が受理されたとしても、それは確定的な効力を発生させるわけではありません。

その為、債権者から別途民事裁判で相続放棄の無効を主張される事があり、その争点のほとんどが、熟慮期間のスタートはいつなのか?と言う点です。

熟慮期間のスタートはいつなのかによって、相続人にとっては相続債務を引き継ぐ事になるかならないか、非常に重大な結果になりますので、これは押さえていなければいけないポイントです。

それでは、実際に判例を見ていきましょう。

2.相続放棄の判例

① 相続放棄は同時に行うべきか?

Q:父が数日前に亡くなりました。父の相続人は母と子供である私と次男の3人です。

実は次男は数年前から家出をして行方不明であり、父親が亡くなった事を知りません。この場合、私と母だけで相続放棄は出来るのでしょうか?

A:相続放棄の熟慮期間スタートは、相続人ごとに開始されますので、個別に相続放棄を行っても大丈夫です。

(判例:最判昭和51.7.1 家月29.2.91)
相続人が数人いる場合には、民法第915条第1項に定める3ケ月の期間は、相続人がそれぞれ自己のために相続の開始があったことを知ったときから各別に進行するものとするのが相当である。

(裁判所HP裁判例情報より引用。)

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

② 被相続人を全く知らない場合

Q:突然借りた覚えのない消費者金融から、全く知らない人の借金について、法定相続分に応じて支払うよう催告書が届きました。

見に覚えもないですし、そもそも債務者として記載されていた人の名前も知らなかったので、何かの間違いだと思い、そのまま無視していたら、半年後にその消費者金融から訴えられてしまいました。

調べてみるとその債務者は私の異母兄弟の兄であり、その人が亡くなった結果、私が相続人になったと言う事でした。

私は両親から異母兄弟の存在を知らされておらず非常に困惑しています。

催告書には私が相続人である事の証拠の記載はなかったのですが、この場合はもう相続放棄は出来ないのでしょうか?

A:先に届いた催告書に、あなたが相続人である事を基礎づける事情や資料の添付が無ければ、まだ相続放棄は可能です。

(判例:東京地判平21.1.29)
相続人らは、被相続人(異母妹)の存在自体を知らなかったと認められるものであるから、被相続人と相続人らとの身分関係や被相続人の家族関係についても当然知らなかったものと解されるところ、本件通知催告書には、被相続人が相続人らの異母妹であること当該異母妹には子がいるが相続放棄をしたこと、当該異母妹の配偶者や直系尊属はすでに死亡していることなど、自分らが異母妹の法律上の相続人となったことを基礎づける事情の記載や資料の添付はなされていなかったのであるから、本件通知催告書の記載を見たことのみをもって、相続人らが相続開始の原因となる事実及び自分たちが法律上相続人となった事実を知ったということはできない。

③ 債権者からの連絡が遅くなった場合

Q:亡くなった姉には、夫と子供がいます。姉は事業を行っており借金があったので、姉の夫と子供は相続放棄をしました(私はその事を姉の夫から連絡を受けました。)。

その為、姉の相続人は妹である私になったのですが、姉の債権者から姉の夫と子供が相続放棄をしたことが確認できれば私に関係書類を送付するので、その後に対応をしてほしいと言われました。

ところが、債権者から先日資料が届いたのですが、姉が亡くなってから既に3年以上を経過しています。

この場合もう相続放棄は出来ないのでしょうか?

A:熟慮期間のスタートは、債権者から送られた関係書類を受け取った時ですので、相続放棄を行う事は可能です。

(判例:福岡高決平16.3.16 判タ1179・315)
次順位の相続人について、被相続人が国に対して仮払金返還債務を負担していた事実や、先順位の相続人らが相続放棄の申述をした事実を知っていたとしても、仮払金返還に関する事務を所管する農林水産省の担当者から次順位の相続人については先順位の相続人が全員相続放棄をしたことが確認されれば、関係書類を送付するので、これを見て対応するようにとの説明を受けていたというのであるから、抗告人が次順位相続人として上記仮払金債務について相続開始の事実を認識するに至ったのは、農林水産省からの本件通知書を受け取った後であると認めるのが相当である。

④ 債権者のミスで債務がないと誤解した場合

Q:亡くなった父は事業を行っており、A銀行から借り入れを行っていました。

その為、A銀行に対して父の借金の金額がいくらあるか調べてもらったところ、既に完済されており借金は無いとの回答を受けました。

ところが半年後、A銀行から連絡があり、父にはA銀行に対して借金がある事が判明しました。

先のA銀行の回答が間違っていたのですが、熟慮期間は過ぎていますので、もう相続放棄は出来ないのでしょうか?

A:相続放棄を行わなかった勘違い(錯誤)が、相続財産について重要な部分に関するものであれば、熟慮期間はその勘違いを認識した時からスタートしますので、相続放棄は可能です。

(判例:高松高決平20.3.5 家月60.10.91)
熟慮期間が設けられた趣旨に照らし、その錯誤が遺産内容の重要な部分に関するものであるときは、相続人において、錯誤に陥っていることを認識した後、改めて民法915条第1項所定の期間内に、錯誤を理由として単純承認の効果を否定して限定承認または相続放棄の申述受理の申し立てができる。

⑤ 相続財産の存在を知っていた場合

Q:亡くなった父の相続財産は自宅と数万円の預金でした。

取りあえず他の相続人と話し合い、預金を私が相続しました。

自宅についてはまだ何も話し合っていません。父が亡くなってから5年後、ある消費者金融から父の借金を返済を求められました。

金額が大きいですので相続放棄をしたいと思うのですが、可能でしょうか?

A:自宅についてまだ遺産分割協議をされていないようですが、相続財産として認識をされていますので、熟慮期間のスタートはお父様が亡くなった時からスタートします。

従って相続放棄を行ったとしても無効になります。

(判例:高松高決平13.1.10 家月54.4.66)
民法915条第1項所定の熟慮期間は、遅くとも相続人が相続すべき積極及び消極財産の全部または一部の存在を認識した時、または認識しうべき時から起算すべきものであるから、被相続人の死亡以前に相続財産として、宅地、建物及び預金があることを知っていたといえる本件においては、民法915条第1項所定の熟慮期間は、被相続人死亡の日から3か月であるといえる。

⑥ 遺産分割協議後の相続放棄

Q:亡くなった父の遺産分割協議を行いました。

相続人は私を含め父の子供4人です。遺産分割協議の内容は、全ての財産を私が取得する事としました。

その1年後、某銀行から父がある人の連帯保証人になっている事を知らされ、その支払いの請求を私たちにしてきました。

請求された金額は、相続財産で支払う事が出来ない金額であり、非常に困っています。

取りあえず遺産を相続しなかった他の相続人は相続放棄を行う事を考えたのですが、遺産分割協議後の相続放棄は可能なのでしょうか?

A:遺産分割協議は遺産の処分行為ですので、その後は原則相続放棄を行う事は出来ません。

しかし、相続人が相続放棄を行わなかった理由が、被相続人に借金がある事を知らなかった為、また亡くなった方の生活状況から考えて借金がないものと信じていた場合は相続放棄を行う事が可能です。

 (判例:大阪高決平10.2.9家月50.6.89、判タ985・257)
他の共同相続人との間の遺産分割協議は、相続財産の処分行為と評価することができ、法定単純承認事由に該当するというべきであるが、相続人が相続放棄の手続きを採らなかったのは、相続債務の不存在を誤信していたためであり、被相続人と相続人らの生活状況、他の共同相続人との協議内容の如何によっては、本件遺産分割協議が要素の錯誤により無効となり、ひいては法定単純承認の効果も発生しないとみる余地がある。

※借金は当然に相続人に法定相続分の範囲内で相続されます。遺産分割協議で借金を誰かが相続する事にしても、それを債権者に対して対抗する事は出来ませんのでご注意下さい。

3.まとめ

被相続人が亡くなってから3ヶ月経過後の相続放棄の申述は、後からその無効を主張されないような、突っ込みどころが無いものにする必要があります。

その為には相続放棄の申述書の作成が重要となりますが、単純に被相続人が亡くなってから3ヶ月以内に相続放棄を行わなかった事情を作文するだけでは足りず、上記判例の趣旨・本質を十分に理解した申述書を作成し、後から無効を主張されないものにする必要があります。

当事務所は相続放棄について豊富な実勢があり、また全国対応を行っております。

被相続人が亡くなってから3ヶ月経過してしまっているけれど相続放棄を行いたくてお困り、お悩みの場合はお気軽に当事務所にお問い合わせ下さい。

文責:この記事を書いた専門家
司法書士 甲斐智也

◆司法書士で元俳優。某球団マスコットの中の経験あり。
◆2級FP技能士・心理カウンセラーの資格もあり「もめない相続」を目指す。
◆「相続対策は法律以外にも、老後資金や感情も考慮する必要がある!」がポリシー。
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町田・横浜FP司法書士事務所
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