相続開始直後に預金が引き出された場合

【事例】
Q:父の相続による遺産分割についてご相談させて下さい。父は数か月前に亡くなり、この度、相続人全員で遺産分割協議を行おうと思い、父の財産のチェックを行っていたのですが、父が亡くなった直後、ある銀行口座から預金が大量に引き出されていました。

調べてみると、相続人である私の兄が父の口座から預金を引き出したようなのですが、兄にお金を返すように言った所、「この金は父の遺産ではない」と言い出し、預金の返還を拒否されています。

仕方がないので裁判を行うと考えているのですが、この場合は遺産分割調停を申し立てればよろしいのでしょうか?

A:遺産分割調停ではなく、一般民事で不当利得返還請求か不法行為に基づく損害賠償請求を行う必要があります。

 

1.遺産の範囲

被相続人が亡くなり、相続が開始されると、被相続人が持っていた権利が相続人に移動します。各遺産については相続人間で遺産分割協議を行い、その権利を確定させる必要があるのですが、そもそも「遺産とは何か?」と言った話、つまり「遺産の範囲」を確定させる必要があります。

被相続人名義の預金や不動産は遺産に含まれるのは当然です。では、事例のように、被相続人名義の口座から引き出されたお金は、遺産になるのでしょうか?

実は法律上、預金されているお金と実際の現金は、その性質が異なる、つまり「違うモノ」として取り扱われます。
口座から引き出されたお金は、その瞬間に「預金」ではなくなり、「預金から変化した別の財産」(これを『代償財産』と言います。)になります。
 
実はこの代償財産は、判例上、遺産の範囲に含めると言った相続人全員の合意が無い限り遺産とはならず、その為、相続人は自己の相続分の範囲で代償財産の返還を請求する事が出来るに留まります。

事例の兄はこの事を知っていたから、もしかしたら「父の遺産ではない」と言い出しているのかも知れません。

 

2.代償財産の請求方法

代償財産と言えど、元々は被相続人の財産です。その財産を勝手に取られたわけですから、各相続人は各相続分で代償財産を取り戻す法律上の根拠があります。

ただし、上述のとおり代償財産は遺産ではありませんので、遺産分割調停や審判では解決出来ません。
(遺産分割調停や審判は、あくまで遺産の帰属を確定させる手続きです。遺産ではない財産を取り扱う事は出来ません)。

その為、取り戻す方法としましては、一般の裁判手続きを行う必要があります。

具体的には「不当利得返還請求」か「損害賠償請求」のどちらかを選択して請求する事になります。

① 不当利得返還請求

法律上の原因が無いのにも関わらず利益を得て、その事で他の人が損害を被っている場合の請求権です。
事例では、相続人の一人が代償財産を独り占めしていて、それによって他の相続人が損害を被っているので、不当利得返還請求訴訟を行い、代償財産を取り戻す事が出来ます。

② 不法行為に基づく損害賠償請求

これはイメージしやすいと思います。代償財産を独り占めしていると言う「不法行為」を理由として、損害賠償請求訴訟を行い、結果として相続分代償財産相当の金銭を請求する方法です。

不当利得返還請求も不法行為に基づく損害賠償請求も、最終的には金銭を請求する事も目的としているのですが、立証方法の違い等ありますので、どちらが良いかは個別の事情によって判断する必要があります。

 

3.まとめ

口座の中にあるお金も、口座から引き出されたお金も、同じ「お金」には変わらないのですが、法律上は別の財産となります。

また、遺産に含まれるのか否かによってその後に行うべき裁判手続きも変わってきます。場合によっては考え方が非常にややこしくなる事もありますので、相続人の一人が遺産を独り占めしている場合は、一度専門家へご相談する事をお勧めします。

 

 

【このブログの著者】

甲斐 智也(かい ともや)
司法書士/上級心理カウンセラー

合格率2~3%台の司法書士試験を、4年間の独学を経て合格。

心理カウンセリングの技術を応用して、もめない相続の実現を目指す専門家。

不動産や銀行預金等の相続手続きの他、心理カウンセラーが行う心理療法であり心理学のひとつ、「交流分析」をベースにして、法律と感情面の双方から、相続人間のコミュニケーションが円滑になる為の多角的なサポートを行っている。

元俳優。アクションが得意でTVドラマ出演やヒーローショーの経験もあり。

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