
こんにちは。司法書士の甲斐です。
家族信託を行う時に様々なポイントがあるのですが、その中の一つに、「信託口口座を開設する」と言うのがあります。
信託口口座は、信託財産である現金を管理する場合に利用され、口座名義は「委託者〇〇受託者××信託口」となります(銀行によって多少異なる)。
家族信託を専門家に相談した際に、信託口口座の開設は必須である事の説明を受ける事が多いと思うのですが、本当に信託口口座の開設は必要なのでしょうか?
受託者の個人名義の口座ではダメなのでしょうか?
今回は、信託口口座を受託者個人名義の口座として良いのか?と言う事をテーマにしてお話ししていきたいと思います。
結論としましては、受託者個人名義の口座でも法律上は問題ないのですが、専門家として私はお勧めしていません。
1.信託口口座が必要な理由
家族信託で信託口口座が必要な理由を再度おさらいしておきましょう。
信託法上、受託者は自分の財産と委託者から信託された信託財産を区別して管理する必要があります(信託法第34条)。
信託法第34条は、信託された財産の管理方法が記載されているのですが、金銭に関しては、「受託者はその計算を明らかにする方法」で分別管理する義務があると定められています。
「計算を明らかにする方法」と言う表現は少し難しいのですが、簡単に言えば信託財産である金銭は、受託者の金銭とは別にして、収入や支出をするべき、と言う事です。
当然と言えば当然で、もし信託された金銭を既にある受託者個人名義の口座に入金してしまった場合、入金した履歴には信託財産である事は明記されません。
それがどんどん繰り返されれば、結局どの金銭が信託財産なのかが不明になり、管理を行う上で非常に支障をきたしてしまいます。
また、信託財産は形式上、受託者名義となりますが、実質上は誰の財産でもありません。
その為、受託者の債権者から強制執行されませんし、受託者が亡くなっても、相続財産ではありませんので、相続人に引き渡す必要はありません。
このような特性を持つ口座が必要になってくる為、家族信託の専門家は「委託者○○受託者××信託口」等の信託口口座を開設しましょう!と説明するのです。
でも、信託法上は信託された金銭の管理方法は、あくまで「その計算を明らかにする方法」としか明記していません。
つまり、「信託口口座を開設しましょう」とは条文上書かれていないのです。
だから、金融機関で受託者個人名義の新しい口座(さすがに既にある口座はダメです)を作成して、信託契約書等でその口座を特定して、その口座で金銭を管理するのは法律上何ら問題はないのです。
最高裁の判例(最判平成12年9月12日判決)を見てみますと、信託口口座として開設した口座ではなく、あくまで受託者個人名義の口座で管理していた金銭について、最高裁は信託財産であると認めています。
家族信託は新しい制度であり、まだまだ金融機関の理解が進まず、信託口口座の開設に消極的な金融機関はあります。
でも、個人が口座を開設するのは簡単です。
そうであれば、受託者個人名義の口座で信託財産を管理する方が、とっても簡単なのでその方が良いのではないでしょうか?
2.受託者個人名義の口座の問題点
信託財産は上述したとおり、受託者が債権者から強制執行されたり、破産手続きを行ったとしても、信託財産は受託者個人の財産として取り扱われる事は原則ありません。
また、受託者が亡くなったとしても、信託財産は相続財産となりません。
以上が原則ですが、ところが、信託口口座を受託者個人名義とした場合、困った事が発生します。
信託口口座とは言え、あくまでその口座名義人は受託者個人です。
その為、信託財産とは分からずに受託者の債権者から差押え等がされる事だってあるでしょう。
受託者が亡くなった時、受託者の相続人から解約の手続きがなされるかも知れません。
これが信託口口座を受託者個人名義の口座とした時の問題点です。
では差押えや相続手続きが行われた場合、受託者や受益者はもうどうする事も出来ないのでしょうか?
実はこの場合、裁判手続きで信託財産を取り戻す事が出来ます。
強制執行されたのであれば、「請求異議の訴え」(この財産は強制執行の対象の財産ではないと言う訴え)を起こせばOKです。
受託者の相続人から相続財産として解約された場合、「遺産確認の訴え」と言う裁判手続きがあります。
これらの裁判手続きを行う事で、信託財産を取り戻す事が出来るのです。
そう考えれば、受託者個人名義の口座の方がはるかに簡単に開設できますので、やはりその方が良い印象を受けますよね。
でも私には、別の考え方があります。
3.法律的には受託者個人名でOK。でも・・・。
このように、法律上は受託者個人名の口座でも問題ありません。
しかし、私は家族信託を受任した場合、信託口口座をきちんと開設するようにしています。
確かに、仮に強制執行されたり相続人から解約された場合、請求異議の訴えや遺産確認の訴えを行えば良いでしょう。
しかし、裁判は手間や時間がかかります。
訴状を裁判所に提出して約一ヶ月後に期日が指定されます。
相手が訴状を受け取らなかったら、さらに時間がかかります。
弁護士を代理人にした場合、さらに費用がかかります。
簡単に「裁判をすれば良い」と言っても、結構大変なんです。
そうであれば、最初からリスク回避の為に、金融機関に説明する必要があったとしても、信託口口座をきちんと開設すべきです。
その為、私は受託者個人名の口座ではなく、信託口口座の開設をお勧めしています。
4.まとめ
世の中には、法律上問題がなくても、実質的に問題がある事が多々あります。
だからこそ、法律的な側面だけではなく、色々な視点で物事を考える事が必要になってきます。
信託口口座の問題は、まさにその良い例でしょう。