どちらが良いの?徹底比較!家族信託vs生前贈与

民事信託・家族信託の事例

こんにちは。司法書士の甲斐です。

親の認知症対策としての財産管理の方法として家族信託が各メディアで紹介されている一方、家族信託以外の方法でも親の認知症対策が可能なケースがあります。

「生前贈与」も一つの方法で、実際に「生前贈与でも良いのでは?」と言った質問を承る事も良くあります。

そこで今回は、家族信託と生前贈与について、2つの視点から比較し、親の認知症対策・財産管理についてどちらが良いのか?と言った点を徹底比較してみたいと思います。

1.事例紹介

山田太郎さんは今年75歳になる一人暮らしの男性です。

大きな病気等はなく健康面は特に問題はないのですが、最近物忘れが激しくなり、認知症になる事を心配しています。

元気なうちは自宅で生活したいけれど、もし認知症になって一人で生活出来なくなった場合、太郎さんは自宅を売却してその売却代金を老人ホームの入所金に充てようと考え、その為に家族信託の利用を検討しています。

太郎さんや子供の一郎さん、二郎さんは資金面を考え、自宅の売却は仕方が無いと考えているのですが、子供の二郎さんは、自宅を売却する為の方法として、家族信託の利用を反対しています。

「家族信託は使わず、生前贈与で自宅の名義を兄さんか俺に移せばそれで良いのでは?そうすればタイミングを見て兄さんか俺が自宅を売却する事が出来るし、余計なお金がかからないのでは?」

確かに、二郎さんの言うとおりです。

太郎さんの自宅の名義を子供に移せば、自宅の所有者は子供になります。

太郎さんの認知症が進んで施設への入所の必要性が発生した場合、簡単に自宅を売却する事が可能になります。

一見、二郎さんの言うとおり、生前贈与の方が家族信託よりシンプルで良いような気がしませんか?

それでは、家族信託と生前贈与を分かりやすく比較してみたいと思います。

【事例のポイント】
委託者:太郎さん
受託者:一郎さんor二郎さん
受益者:太郎さん

信託財産:太郎さんの自宅と現金

太郎さんの希望
・元気な内は自宅で生活したい。
・認知症が進行して一人暮らしが出来なくなったら、自宅を売却して施設に入りたい。
・施設に必要なお金等や生活費は子供達に管理して支払いをしてもらいたい。自分が亡くなった時に残った財産は、子供達で仲良く分け合ってほしい。

2.法的根拠の比較

① 家族信託の場合

家族信託は、信頼が出来る家族に自分の財産を託して、その財産(信託財産)の管理や処分を行ってもらう制度です。

事例で言えば、太郎さん(委託者)は自宅を一郎さん、若しくは二郎さん(受託者)に託すと、自宅の名義は一郎さん(二郎さん)になります。

しかし、一郎さん(二郎さん)は勝手に売却等を行う事はできず、あくまで太郎さんと一郎さん(二郎さん)で決めた「信託の目的」に照らして自宅を管理・処分する必要があります。

「自宅の名義は受託者名義になるが、受託者は勝手な事はできず、あくまで信託の目的の範囲内で信託財産の管理・処分ができるだけ」

これが家族信託の特徴であり、受託者は委託者の財産を管理・処分する法律上の根拠がありますが、受託者が上記の義務に違反すると、受託者は法律的な責任を負う事になります。

② 生前贈与の場合

生前贈与は文字通り贈与であり、太郎さんの自宅を贈与すると、その名義が一郎さん(若しくは二郎さん)になります。

家族信託と異なる点は、自宅の所有者は完全に一郎さん(二郎さん)になると言う点です。

自宅の所有者ですので、自宅をいつ売却するかは一郎さん(二郎さん)の自由です。

家族信託と同様、自宅を売却する法律上の根拠はありますが、それは「自分の所有物だから」と言う理由であり、家族信託とは大きく異なります。

また、太郎さんがまだ元気な内でも、太郎さんの許可なく、自宅を売却する事は可能です。

自宅の所有権を子供に移すと言うのは、そのような意味合いがあるのです。

3.税金面での比較

① 家族信託の税金面

それでは、税金面も見てみましょう(国税庁HPより)。

【贈与税】

実は家族信託の税金面は非常に複雑なケースがあったりするのですが、基本的には、『家族信託の税金は受益者にかかってくる』と思って頂ければ良いと思います。

通常はAさんからBさんにお金をあげれば、Bさんに贈与税がかかります。

Aさんが亡くなりBさんが相続すれば、Bさんに相続税がかかります。

このように、何らかの財産が誰かに移動した場合、その財産をもらった人に対して贈与税や相続税がかかります。

家族信託では、この「財産をもらった人」が受益者になります。

つまり、受益者に対して贈与税や相続税がかかってくる、と言う事になります。

それでは、事例で考えてみましょう。

受益者は太郎さんです。

つまり、委託者=受益者であるため、実質的な財産の移転がありません。

その為、事例では贈与税は発生しない事になります。

【不動産取得税】

不動産を取得した場合、不動産取得税を納付する必要があるのですが、事例の場合、委託者=受益者であるため、贈与税と同様、不動産取得税も発生しません。

【登録免許税】

信託の登記を行う場合、登録免許税が不動産の固定資産税評価額に対してかかってきます。
(土地:1000分の3 建物:1000分の4)

(例)
土地が1,800万円、建物が200万円の場合、

1,800万円×1000分の3=5万4,000円
200万円×1000分の4=8,000円
合計:6万2,000円

【相続税】

それでは、太郎さんが亡くなった時はどうなるのでしょうか?

太郎さんが亡くなった場合、残った財産を引き継ぐ人に対して相続税がかかります。

これは通常の相続の時と同じです。

(勿論、相続税の非課税枠の範囲内であれば、相続税は発生しません。)

② 贈与の場合の税金面

【贈与税】

太郎さんの自宅を一郎さん(若しくは二郎さん)に贈与した場合、一郎さん(二郎さん)に贈与税がかかってきます。

その金額は贈与する金額にもよるのですが、例えば太郎さんの自宅が土地・建物併せて2,000万円だった場合、

(2,000万円-110万円)×45%-265万円=約1,685万円

となります。

不動産を普通に贈与しようとすると、結構な税金が発生しますね・・・。

その為、このようなケースでは、「相続時精算課税制度」を利用するのが普通でしょう。

相続時精算課税制度とは簡単に言ってしまえば、

「贈与時には非課税枠を拡大させて、贈与税を支払わなくても済む機会が増えるけれど、相続が発生した場合、その贈与された財産を相続財産に入れて相続税を計算する。」

と言う制度です。

2,500万円までは贈与税が非課税になりますが、それを超えた場合、超えた部分に対して一律20%の贈与税が発生します。

亡くなった方の財産が元々相続税の非課税枠の範囲内の場合であれば、相続時精算課税制度を上手く利用すると、結局贈与税も相続税もかからず財産の名義を移す事が可能です。

【不動産取得税】

不動産を生前贈与した場合、不動産取得税を納税する必要があります。

土地の場合・・・固定資産税評価額×2分の1×3%
建物の場合・・・固定資産税評価額×3%

(例)
土地が1,800万円、建物が200万円の場合、

1,800万円×2分の1×3%=27万円
200万円×3%6万円
合計:33万円

【登録免許税】

自宅の名義を贈与を原因として変更する為の登録免許税が、不動産の固定資産税評価額に対してかかってきます。
(税率は1000分の20)

(例)
不動産の価額が2,000万円の場合、

2,000万円×1000分の20=40万円

【相続税】

太郎さんの自宅の名義は既に一郎さんの名義になっていて、相続財産ではありません。

その為、相続税はそもそも発生しません。

4.まとめ -結局どちらが良いのか?-

以上、家族信託と生前贈与について、2つの視点から比較してみました。

では、「結局どちらが良いの?」と言う話になるのですが、事例のような委託者=受益者の場合、税金面だけで考えれば家族信託の方が良いでしょう。

ただし、実際には個別で考える必要があり、「これ!」と言った絶対的な答えはありません。

とは言え、下記のような私なりの判断基準はあります。

「相続人となる人間が複数いる場合は、生前贈与より家族信託の方が良い」

子供が複数いて親の財産を管理・処分する必要が発生した場合、基本的には子供のうちの一人が担当する事になるでしょう。

そうなってくると、他の子供達は心配になってくるのです。

「別に親のカネを使い込むとは思ってはいないけれど、でもねぇ・・・」

親の財産を一人が管理している事について、「きちんとやっているのか?」と言う感覚になっても不思議ではないでしょう。

また、生前贈与された財産は、あくまで財産をもらった人の財産になります。

その為、もし親から子供へ自宅等を生前贈与した後、子供が実は何らかのローンがあり支払いが出来なくなった時、債権者は裁判を行い贈与された自宅を差押えてきます。

そうなってしまえば、生前贈与した意味が失われてしまいます。

そのような時に、親の財産を管理・処分する事についてしっかりと法的な権利や義務があり、自分の財産とは全く異なる、別の財産であると言う法的な根拠があれば、他の子供達も安心するのではないでしょうか?

親の財産とは言え、他人の大切な財産です。

その大切な財産をしっかりと管理・処分する意識を持つためにも、法律上の根拠や義務がある事は、非常に重要になってきます。

生前贈与か家族信託か、もしくは別の手続きが適切なのかは各ご家庭の状況を丁寧にお伺いしない限り、判断をする事が出来ません。

どの手続きが一番適しているかお悩みの場合は、お気軽に当事務所にご相談下さい。

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