【事例】
Q:私は友人に1,000万円を貸しています。
最初は分割で返済を受けていたのですが、数ヶ月前から支払いが滞りがちになり、ついに友人は「事業に失敗してお金が無くなった」と言い、支払いをしなくなりました。
それから数日後、友人の父親が亡くなった事を知り、葬儀に参加したのですが、その時に友人から「父の遺産が入ったら一括で返済する」と言われました。
確かに友人の父には資産があったので、「これで返済してもらえる」と思っていたのですが、それから数ヶ月を経過しても、未だに支払いをしてくれません。
私は頭にきて友人に連絡したところ、友人は「遺産分割協議で何も相続しないようにした。だからお金が無い。他の相続人と合意が成立したので遺産分割協議は取り消す事は出来ない」と主張してきました。
友人の父の遺産は少なく見積もっても1億円はあります。
相続人は友人を含め3人ですので、法定相続分で相続してもお釣りがくる計算です。
それにも関わらず相続しないと言うのはどうしても納得出来ません。
何とか遺産分割協議を取り消し、友人から借金を返済してもらう方法はないのでしょうか?
A:「詐害行為取消権」を行使する事で遺産分割協議を取消し、借金を返してもらう事が可能です。
1.詐害行為取消権とは?
まずは民法の条文を見てみましょう。
(詐害行為取消権)
第424条
債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした法律行為の取消しを裁判所に請求することができる。ただし、その行為によって利益を受けた者又は転得者がその行為又は転得の時において債権者を害すべき事実を知らなかったときは、この限りでない。
2 前項の規定は、財産権を目的としない法律行為については、適用しない。
債権者を害する=債務超過の事です。
つまり、「債務者が債権者に対して支払いが出来なくなるぐらいお金がなくなってしまう状態」になる事が分かっているにも関わらず行った法律行為については、債権者が裁判所にその取り消しを求める事が出来る、と言う条文です。例えば、
・不動産を売却した場合(時価相当額で売却したとしても、金銭に変わり処分しやすくなる為、詐害行為取消権の対象となります)。
・本事例のような遺産分割協議。
このような法律行為が、詐害行為取消権の対象となります。
なお、条文にあるとおり、財産権を目的としない法律行為(身分行為等)は、詐害行為取消権の対象にはなりません。
2.詐害行為取消権の条件
① 被保全債権が詐害行為がなされる前に成立している事
詐害行為取消権の目的は、債務者の財産の保全です。
債務者に対する貸金のような債権が成立した時点における、債務者の財産を保全すればそれで十分と言える為、被保全債権が詐害行為がなされる前に成立している事が条件になっています。
② 債務者が詐害行為をした事
上述したとおり、債権者を害する=債務超過(無資力)の事を言います。
債務者が散財をしたとしても、まだ債権者に支払う事が出来る資力がある場合、詐害行為取消権は行使出来ません。
③ 詐害の意思がある事
債務者およびその相手方(事例で言えば他の相続人)が、その法律行為を行う事により、債権者を害する事を知っている(詐害の意思)事が必要です。
なお、詐害の意思の具体的な内容は、詐害行為の性質を考慮して、事案ごとに考える必要があります。
④ 訴えを提起する必要がある事
詐害行為取消権は条文上、訴えを提起する必要があります。
裁判外の行使は出来ません。
3.相続放棄は取り消し可能か?
事例では遺産分割協議でしたが、もし債務者が家庭裁判所へ相続放棄の申述を行った場合はどうでしょうか?
相続放棄を行った結果、本来取得出来たはずの遺産を取得する事が出来なくなりますので、取り消しの対象になりそうですね。
しかし、詐害行為取消権は財産権を目的としない法律行為はその対象とならない為、相続放棄は詐害行為として取り消す事は出来ません。
詐害行為取消権の対象となる法律行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為である事が必要であり、消極的に財産の増加を妨げる事にすぎないものはその対象にはならないとされています。
相続放棄は、相続人の意思から言っても、また法律上の効果から言っても、消極的に財産の増加を妨げる行為にすぎません。
また、相続放棄のような身分行為については、他人の意思によってこれを強制すべきではありません。
もし相続の放棄を詐害行為として取り消す事が出来れば、相続人に対し相続の承認を強制する事と同じ結果となり、不当であることは明らかであるからです(最判昭和49.9.20)。