
こんにちは。司法書士の甲斐です。
今回の記事は、根抵当権が設定された不動産を相続したが、その手続きが良く分からないので相談されたい方向けの記事です。
【事例】
Q:父が先日亡くなりました。遺産は自宅不動産と預金です。
先日、自宅の登記事項証明書を取得したのですが、父を債務者とした「根抵当権」と言うものがついていました。
父は自営業を行っていたので、おそらくそれに関連したものだと思うのですが、この「根抵当権」とは一体何なのでしょうか?
また、この「根抵当権」は何か相続手続きを行う必要があるのでしょうか?
A:根抵当権の相続手続きは期間が定められており、迅速に行う必要があります。
なお、根抵当権の相続手続きは司法書士試験でも有名な論点ですが、試験では問われない、実務ならではの手続きもありますので注意が必要です。
1.根抵当権とは?
例えばあなたが自営業者で、事業の関係上、どうしても銀行から数千万円を借りる必要が発生したとします。
その時、通常銀行は数千万円単位のお金を担保無しで貸す事はありません。
必ず担保が必要になります。担保の代表的なものが保証人、そして不動産です。
銀行は良く不動産を担保にしてお金を貸すのですが、この「不動産を担保とする権利」の事を「抵当権」と言います。
自宅不動産に抵当権が設定されても、借金をした人は、自宅をそのまま使用する事ができます。
しかし借金の返済が滞ってしまうと、銀行は自宅を裁判所の手続きで売却する事が出来て(これを「競売」と言います。)、この売却金額から銀行は借金の支払いを受ける事が出来ます。
ちなみに、借金をきちんと完済した場合は、抵当権も消滅する事になります。
(なお、抵当権の登記が残っていたとしても、借金を完済すれば権利としての抵当権は消滅します。抵当権の登記を抹消する事が、抵当権が消滅する事ではありません。)
このように抵当権の特徴として、「借金を完済→抵当権が消滅」と言うのがあるのですが、自営業者等、事業を行っている人の場合、この特徴が少し困った事になるのです。
自営業者等は事業の為、お金を何度も借りる事があります。
つまり、お金を借りる度に抵当権を設定し登記をして、借金を完済すればその都度抹消登記を行うのであれば、非常に手間とお金がかかってしまい大変な事になります。
(司法書士も儲かって仕方がありませんね・・・。)
そこで考え出されたのが「根」抵当権です。
根抵当権は抵当権の仲間なのですが、その特徴に違いがあります。
根抵当権は、債権者と債務者がある特定の取引(売買とか、事例のようなお金の貸し借りとか)を行った場合、一定の金額の枠を上限として(これを「極度額」と言います。)、担保する事が出来る抵当権なのです。
根抵当権は極度額を枠として設定しますので、もし借金を完済したとしても、根抵当権と言う権利は消滅しません。
また同じ債権者と債務者の間でお金の貸し借りがあった場合、その借金を担保する事になるのです。
そして、この根抵当権の相続手続きが、実は非常に厄介なのです。
今回はその非常に厄介な根抵当権の相続手続きを分かりやすく解説していきたいと思います。
2.大前提の話
まず、大前提としまして、根抵当権が設定された不動産の債務者が亡くなられた時、相続放棄を行う場合等も含めて、根抵当権者である銀行等に債務者が亡くなった事を連絡して下さい。
理由は、この債務者に関して下記にご紹介する「指定債務者の合意の登記」を6ヶ月以内に行わないと、場合によって銀行に大変な不利益になる可能性があるからです。
まずは銀行に大至急連絡するようにして下さい。
なお、亡くなった方がどこの銀行のどの支店と取引をしていたか分からない場合でも大丈夫です。
不動産の登記事項証明書を確認すると、銀行名と取扱い支店名が記載されている事がありますので、その支店に連絡すれば大丈夫です。
銀行の支店に連絡したら、根抵当権の相続手続きに必要な書類を受け取るようにしましょう。
なお、根抵当権の相続手続きについては銀行によってはあまり経験した事が無い銀行(支店)もあります。
その為、書類の引渡し等に時間がかかる事もありますので、その意味でも大至急銀行に連絡するようにしましょう。
3.相続を原因とする所有権移転登記
最初に相続人間で遺産分割協議を行い、誰が該当の不動産を相続するのかを決めます。
その後、該当不動産について、相続を原因とする所有権移転登記を行う事までは、通常の相続手続きと全く同じです。
相続登記の行い方はこちらをご参照下さい。

4.根抵当権の債務者を相続人全員とする変更登記
根抵当権が設定されていると言う事は、亡くなった不動産の所有者が根抵当権の債務者になっているケースが多いと思われます。
この場合は、根抵当権の債務者を相続人全員に変更する登記が必要となります。
根抵当権で担保されていた借金等の債務は、分割する事が出来る債務(これを「可分債務」と言います。)の為、法律上、相続人全員が相続分の割合で分割された債務をそれぞれ引き継ぐ事になります。
つまり、相続を原因として根抵当権の債務者を相続人「全員」とする変更登記を行います。
5.指定債務者の合意の登記
実は根抵当権の債務者の変更登記を行っても、その根抵当権で担保されるのは、実は相続開始時に存在した被相続人の債務のみです。
つまり、債務者(被相続人)の相続人が相続開始後に根抵当権者との取引によって発生した債務は当然には担保されません。
当然には債務が担保されませんので、そのままでは銀行が不利益を被る事になります。
その為、この相続開始後に発生した債務を根抵当権で担保させる為に、特定の相続人を指定します(これを「指定債務者」と言います。)。
そして、相続開始後に銀行と指定債務者との取引で発生した債務を根抵当権で担保させる合意を、銀行と不動産の所有者(指定債務者ではありません。)との間で成立させ、その指定債務者の合意の登記を行う必要があります。
ここからが重要です。
通常、相続を原因とする登記には、特に申請時期の制限はありません。
しかし、この『指定債務者の合意の登記』は、相続開始後、6ヶ月以内に行う必要があります。
もし、6ヶ月以内に登記を行わなければ、今後発生する債務が根抵当権で一切担保されなくなり、銀行に大変な不利益を与える事になります。
その為、指定債務者の合意の登記はとても重要であり、大至急行う必要があります。
と、ここまでは、司法書士試験でも良く出題される論点ですので、知っている方もいらっしゃるかもしれませんね。
ですが、この話には実は司法書士受験生も知らないであろう、実務の続きがあるのです。
6.免責的債務引受による根抵当権の債務者の変更登記
ここからさらに難しくなります。分かりやすく説明しますので、ちゃんとついてきて下さいね。
例えば、根抵当権の債務者が死亡し、その相続人がA、B、Cの3人だったとします。
今後、根抵当権者である銀行と相続人Aが今後の取引を行い、その債務(相続開始前にあった債務も含む)も全て相続人Aが引き継ぐ場合、根抵当権の債務者をA単独とする変更登記を行う必要があります。
分かりやすく説明すると、根抵当権の債務者の相続人はA、B、Cの3人ですが、AがB、Cが相続した債務を引き受けた事によって、根抵当権の債務者をAとする変更登記(これを「免責的債務引受による根抵当権の債務者の変更登記」と言います。)が必要となります。
ここで疑問に思われる方がいらっしゃると思います。
上記5で指定債務者の合意の登記を行ったのだから、債務者はA単独になるのでは?と。
ここは大変誤解されやすい部分なのですが、指定債務者の合意は、あくまで相続開始「後」に根抵当権者である銀行と指定債務者との取引によって発生した債務を担保する為の合意です。
指定債務者を定めたとしても、相続開始「前」の債務の支払い義務があるのは、相続人であるA、B、Cの全員です。
その為、根抵当権者である銀行の承諾を得て、相続開始「前」の債務を引き継ぐ債務者をA単独としたいのであれば、根抵当権の債務者をA単独とする変更登記が必要となるのです。
7.債権の範囲の変更登記
根抵当権には、『債権の範囲』と言うのが登記されています。
例えば、『売買取引』『銀行取引』等、特定の取引が登記されていて、この取引から発生した債権を、一定の金額(極度額)まで担保するのが根抵当権です。
ところで、上記4で根抵当権の債務者を相続人全員とし、指定債務者の合意や債務者の変更を行い、結果として債務者は一人になりました。
では、元々相続人全員が相続した債務は根抵当権で担保されるかと言うと、実は担保されず、根抵当権からはみ出てしまいます。
相続開始前から発生していた債務をある相続人が単独で引き継いだにも関わらず、根抵当権では担保されません。
この場合、各相続人が相続した相続開始前の債務を根抵当権で担保させる為に、元々の債権の範囲を変更(追加)する『債権の範囲の変更登記』を行う必要があります。
8.まとめ
根抵当権の相続に関する書類は、銀行側が用意するので、それを元に登記申請を行えば良いと思われがちですが、抵当権とは違い根抵当権は相続が発生すると、様々な論点がでてきます。
銀行等の金融機関との調整が必要となり、手間と時間が発生致しますので、通常、銀行等の金融機関から司法書士をご紹介されるケースが多いと思います。
しかし中には司法書士を紹介されなかったと言うケースもあり、何とかご自分で登記を行おうと頑張ったが、結局当事務所にご依頼された方もいらっしゃいます。
根抵当権の相続に関連する登記は、登記の中でも難易度が高い部類であり、さらに期間制限がありますので、根抵当権付き不動産を相続された場合は、速やかに当事務所やお近くの司法書士にご相談する事をお勧めします。
なお、当事務所はオンライン申請に対応しておりますので、神奈川県以外の遠方の方もお気軽にご相談下さい。