
こんにちは。司法書士の甲斐です。
被相続人が遺言を残されていた場合、相続の実務として原則はその遺言のとおり遺産を分け合う必要があります。
しかし、場合によってはその遺言が各相続人にとって不公平な内容となっている為、相続人全員で遺言とは異なる遺産の分け方をやりたい場合もあるでしょう。
その時は、相続人全員が合意すれば遺言とは異なる分け方を行う事が出来るとされているのですが、そもそもどのような法的な根拠があってこのような取扱いがなされているかご存知でしょうか?
今回は少し難しい内容になりますが、この遺言と遺産分割協議の関係性についてお話していきたいと思います。
1.法律(民法)の大原則。実は遺産分割協議が遺言より優先されます
まずは、全ての根拠となるべき、法律の規定を見てみましょう。民法に遺言と遺産分割協議の関係が規定されています。
(遺産の分割の協議又は審判等)第907条 共同相続人は、次条の規定により被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の分割をすることができる。
この条文を見て「あれ?」と疑問に思われた方、非常に勘が鋭いです。そう、民法では、遺産分割協議は(遺言者が遺言で禁じた場合を除き)、いつでも行う事が出来るのです。
つまり、優先順位として、遺産分割協議 > 遺言なのです。
しかし、相続の実務では、原則遺言が優先され、相続人全員の合意があれば、遺産について遺言とは異なる分け方を行う事が出来る、とされています。
それは一体何故なのでしょうか?その答えは、最高裁判所の判例にあります。
2.しかし判例では・・・
実は遺言が遺産分割協議よりも優先されるとする、最高裁の判例(最判平成3年4月19日)があります。その要旨を見てみましょう。
一 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。
二 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される。
遺言で良く、「〇〇の財産は××に相続させる」と言う文章が使われる事が多いのですが、特定の相続人に特定の遺産を「相続させる」遺言が残された場合、原則として無条件でその相続人が対象の遺産を相続すると最高裁は判断したのです。
つまり、民放の大原則では遺言があっても原則遺産分割協議が出来るはずなのですが、最高裁の判例では、特定の相続人に特定の遺産を相続させる旨の遺言があれば、遺産分割協議の余地が無いとされたのです。
その為、相続の実務として、遺言があれば遺言が優先され、相続人全員の合意があれば遺言とは異なる遺産の分け方が出来る、とされているのはこの最高裁の判例があるからなのです。
3.ややこしくなるケース。遺言執行者が指定されていた場合
遺言とは異なる遺産分割協議を行う上で、非常にややこしい事態になる事があります。
それが、遺言書で遺言執行者が指定されていたケースです。
遺言執行者の職務は、遺言者が残した遺言の内容を実現する事であり、その義務があります。
それなのに相続人全員が遺言とは異なる遺産の分け方を行った場合、遺言執行者は何らかの法的責任を負うのではないか?と言う問題が出てきます。
実はこの問題について明確に回答した最高裁の判例は見当たりませんが、一応、以下のように考えられています。
まず、相続人や遺言執行者、当事者全員が合意していれば、相続人は遺言とは異なる遺産分割協議が出来るとされています。
遺言執行者が遺言とは異なる遺産分割協議に合意する事は、遺言執行者としての義務違反のような感じがしますが、当事者全員の合意がある場合、その責任が免除されると考えられています。
では、相続人全員が合意しても遺言執行者が反対している場合はどうなるのでしょうか?実はこの点に関しては見解が分かれています。
と言う二つの考え方があります。上記のとおり、この問題に関しては明確な回答はありません。
その為、遺言執行者が選任されていて、遺言とは異なる遺産分割協議を行いたい場合は、遺言執行者の同意を得た方が良いでしょう。