家族信託のスタートを「認知症になってから」にする事は可能か?

民事信託・家族信託の基本

こんにちは。司法書士の甲斐です。

昨日、家族信託の研修を受講していたのですが、そこで非常に気になる論点が出てきました。

それはズバリ、「家族信託のスタートについて、条件をつける事は可能か?」と言うお話です。

事例をご紹介しましょう。

太郎さんは一人暮らしの70代男性です。

最近物忘れが激しくなり、「このままでは認知症になるのでは?」と非常に悩まれています。

その為、今出来る事はやっておこうと身の回りの整理をし、いざと言う時は老人ホームに入所する事を計画しました。

ところが、気に入った老人ホームはあったのですが、どうしても入所金が足りません。

そこで、もし認知症になっても自宅を売却し、そのお金を入所金に充てる為に太郎さんは家族信託の利用を考え付きました。

しかし、息子達は今すぐの家族信託のスタートに反対しています。

その為、家族信託の契約は行うけれど、そのスタート時期を「太郎さんが認知症になった時」としたい。

果たして、このように家族信託のスタートについて、条件をつける事は可能なのでしょうか?

このように、

「今は取りあえず大丈夫だから家族信託の契約だけをして、そのスタート時期を『委託者が認知症になった時』としたい」

と言うご相談は良くあります。

このような条件をつける事で、確かに家族信託の使い勝手は良くなるのですが、果たしてこのようにスタート時期の条件をつける事は可能なのでしょうか?

結論としては、

法律的には条件をつける事は可能ですが、実務上はお勧めしない。

と言う事になります。

1.法律上の条件とは

条件と言うのは法律用語にもしっかりとあります。

今回の事例のように、「ある条件が達成された場合に、その契約の効力が発生する」条件の事を、停止条件と呼びます。

民法第127条 停止条件付法律行為は、停止条件が成就した時からその効力を生ずる。

このように、

「契約は今行うけれど、その効力が発生するのは条件が達成された時にする」

と言う契約は法的には有効で、親(委託者)が認知症になった時に家族信託の契約の効力を発生させる事は何ら問題はありません。

しかし、法的には問題なく有効であっても、実務上は様々な問題点があるのです。

2.家族信託のスタート時期に条件をつけるのをお勧めしない理由

① 不動産の登記ができなくなる可能性がある

事例のように信託財産に自宅等の不動産があった場合、実務上、その不動産を受託者名義に変更する為に「信託による所有権移転登記」を行います。

通常はこの登記を司法書士が当事者からの委任を受けて行うのですが、「委託者が認知症になった時から家族信託をスタート」と言う条件をつけた場合、この登記が出来なくなる可能性が高いのです。

と言うのも、家族信託の契約を締結した段階では、そもそも契約の効力が発生していませんので、委任状をもらう事は不可能です。

でも、家族信託の効力が発生した時は、委託者は認知症ですのでその意味を理解できない可能性があり、委任状をもらう事は難しいでしょう。

では、家族信託の契約の時に「条件付の委任状」をもらえば良いのでは?と言う事が考えられますが、これも様々な論点があり、絶対に大丈夫とは言い切れません。

このように、家族信託のスタート時期を委託者が認知症になった時とした場合、不動産の登記ができなくなる可能性があるのです。

② 委託者が認知症になった事をどうやって客観的に証明するのか?

例えば、認知症になった=医師が認知症の診断書を書いた時とした場合、医師に診断書を書いてもらう時期を簡単にコントロールする事が出来ます。

その為、家族信託の契約の効力を発生させる条件として客観性がなく、法的に非常に不安定な状態になります。

また、家族信託は信託財産を処分する権限が委託者から受託者に変更されます。

つまり、委託者は家族信託の契約が締結されその効力が発生した場合、信託財産を処分する権限を失う事になります。

法律上の権限を失うと言う事は、非常に重要な問題であり、だからこそ契約の効力が発生する条件は明確、客観性が必要になってきます。

その為、「委託者が認知症になった時」を条件とする家族信託は非常にリスキーと言えるでしょう。

3.まとめ

実際には「委託者が認知症になった時を条件とする家族信託」は結構ニーズが高く、専門家(とおぼしき)が書いたWebサイトを見ても、「停止条件つきの家族信託」を行えば良いと解説している場合があります。

しかし、上記のとおり家族信託のスタート時期に条件をつける事は法律上非常に不安定であり、せっかくまとまった家族信託の契約の前提を覆す事にもなりかねません。

家族信託はその契約を行う前にも手間と時間とお金をかける必要があります。

せっかく手間と時間とお金をかけるのですから、法律上完璧なものにして、契約=効力発生として、受託者が信託財産の管理や処分をしっかりと行えるようサポートしてあげるのが良いのではないでしょうか?

文責:この記事を書いた専門家
司法書士 甲斐智也

◆司法書士で元俳優。某球団マスコットの中の経験あり。
◆2級FP技能士・心理カウンセラーの資格もあり「もめない相続」を目指す。
◆「相続対策は法律以外にも、老後資金や感情も考慮する必要がある!」がポリシー。
(詳細なプロフィールは名前をクリック)

相続・家族信託の相談会実施中(zoom相談・出張相談有り)

『どこよりも詳しい情報発信をし、さらに人間味があるから。』
相続・家族信託についてご相談されたほとんどの方が仰られた、当事務所を選ばれた理由です。難しい法律の世界を分かりやすく、丁寧にお話しします。将来の不安を解消する為に、お気軽にお問い合わせ下さい。

民事信託・家族信託の基本
町田・横浜FP司法書士事務所
タイトルとURLをコピーしました