
こんにちは。司法書士の甲斐です。
今まで当ホームページ内で家族信託の様々なお話をしてきましたので、家族信託のスタートについてはある程度イメージが出来てきたと思います。
しかし、何度かお話したとおり、家族信託は実際にはスタートした後が非常に大変なのです。
家族信託は場合によっては数十年にわたる事もあり、その間受託者として信託財産の管理を行っていく必要があるのですが、実はこの点について具体的にどのような管理をして、どのような書面を作成すれば良いのかを解説した書籍やWebサイト等は中々ありません。
これは司法書士を含めた専門家の議論が
「どのように家族信託をスタートさせるか?」
が中心となっており、実際に家族信託がスタートした後の議論が活発になされていなかったのが原因の一つとなっており、その点でまだまだ一般の方にとってみれば分かりにくい分野となっております。
そこで今回は、認知症対策として不動産と金銭を信託財産とした例を参考にし、家族信託がスタートしたら受託者は具体的にどのような事を行う必要があるのかをお話していきたいと思います。
1.受託者の善管注意義務を分かりやすく解説します
① 善管注意義務とは?
受託者には信託法上、様々な義務が課せられていますが、まずはこの「善管注意義務」からお話していきたいと思います。
善管注意義務とは、「善良な管理者の注意義務」の略で、業務を委任された人の職業や専門家としての能力、社会的地位などから考えて通常期待される注意義務の事です。
非常に分かりにくい言葉ですが要するに、「家族信託では受託者は家族(他人)の財産を預かるのだから、自分の物以上に気をつけなくてはいけない」と言う義務です。
当然と言えば当然です。
家族信託において受託者が財産を預かると、その財産の名義は受託者名義になります。
しかし、あくまでその財産は受益者の為に管理すべきであり、受託者の固有の財産ではありません。
その為、自分の物以上にその管理をきちんと行わなくてはいけない、と言う事です。
具体的には、信託財産が不動産であれば、その価値を下落させないように、家屋の傷んでるいる箇所を修繕したり、土地であれば除草等を行いきちんと管理を行う事が善管注意義務に該当するでしょう。
② 善管注意義務は軽減できる
ただし、家族信託は基本的に家族間で行うものです。
その為、厳格な注意義務を課す事が家族信託の運用に支障をきたす事だってあります。
そのような事もあり、信託法では、信託行為の定めによって、この注意義務を軽減(若しくは厳格)させる事も可能になっています。
ただし、善管注意義務を完全に排除する事は出来ませんのでご注意下さい。
2.信託開始後(信託期間中)の受託者の具体的な実務
それでは、認知症対策として自宅と金銭を信託財産とした家族信託を例にして、受託者の具体的な実務を見ていきましょう。
① 不動産に関連する費用の支払い
電気、ガス、水道代、固定資産税等の税金関係及びリフォームを行った場合の費用の支払いがこれに該当します。
信託財産とした金銭からこれらを支払い(若しくは一旦受託者が立て替えて後日精算)、支払った事の証拠(領収書等)をきちんと残すようにしましょう。
② 不動産の管理
例えば信託財産である自宅が空き家となった場合、
・草木が繁茂していないか、草木の繁茂により近隣住宅に迷惑をかけてないかチェックする。草木が繁茂していれば除草等、適切な処置を行う。
・外壁、ブロック塀等が破損していないかチェックする。破損していれば近隣住宅や通行人に損害を与える可能性がある為、適切な処置を行う。
上記のような管理を行い、不動産の価値を低下させないようにする必要があります。
③ 近隣その他とのトラブル対応
・建築基準法等の適用法令の違反が発生した場合の対応。
・その他、信託財産である不動産から発生した他人への不法行為への対応。
上記のような法律上のトラブル等が発生した場合にも、適切な対応を行う必要があります。
④ 自宅売却時の売主としての対応
様々な理由から信託財産である自宅を売却する必要が発生した場合、売主として不動産仲介会社等との対応を行う必要があります。
3.家族信託期間中の信託事務の記録作成
① 受託者の記録義務
家族信託の期間中、受託者は信託財産に関する書類や記録の作成義務があります(信託法第37条)。
(帳簿等の作成等、報告及び保存の義務)第三十七条 受託者は、信託事務に関する計算並びに信託財産に属する財産及び信託財産責任負担債務の状況を明らかにするため、法務省令で定めるところにより、信託財産に係る帳簿その他の書類又は電磁的記録を作成しなければならない。2 受託者は、毎年一回、一定の時期に、法務省令で定めるところにより、貸借対照表、損益計算書その他の法務省令で定める書類又は電磁的記録を作成しなければならない。3 受託者は、前項の書類又は電磁的記録を作成したときは、その内容について受益者(信託管理人が現に存する場合にあっては、信託管理人)に報告しなければならない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。(4項以下省略)
一見すると貸借対照表や損益計算書等、厳格な計算書類の作成を義務付けられているような印象を受けます。
しかし、認知症対策で自宅を信託するような投資型ではない、いわゆる「管理型」の信託であれば、市民後見人が使用するような業務日誌等を応用する事が考えられます。
② 日常の信託事務の記録
上記のとおり、受託者は家族の財産を法律上管理する為、日々の収支や信託契約の内容に従った行動(信託事務)の記録を行う必要があります。
その様式は法律上特に決まっていませんが、下記のような様式が例として考えられます。
信託事務日誌(例) 【本日の信託事務の内容】 【信託不動産の支出】 【受益者への連絡事項】 【添付資料】 平成〇年〇月〇日 |
信託事務支出表(例) | |||
支出 | 信託財産(現金)残高 | 信託事務内容 | |
〇日 | 司法書士費用 〇〇円 信託登記登録免許税 〇〇円 | 〇〇円 | 司法書士〇〇に対する信託 不動産の信託登記の依頼 |
〇日 | 〇月分電気代 〇〇円 | 〇〇円 | 〇月分の電気代支払い |
〇日 | 清浄剤〇〇 〇〇円 | 〇〇円 | 台所及び洗面台の つまりの除去 |
〇日 | 100ワット電球 〇〇円 | 〇〇円 | 玄関の電球の取り替え |
このような日誌はどこまで詳細な事を記載するのか?と言った疑問点が出てくると思うのですが、詳しければ詳しいほど、それに越した事はないでしょう。
しかし、家族信託は新しい制度であり、かつその議論が信託の目的や契約内容といった、家族信託のスタート時点の議論が多かった為、家族信託開始後の話は、まだまだ具体例が少ない状況にあります。
その為、上述したとおり、いわゆる市民後見人の実務で使用されているような日誌やチェックシートをひな型として家族信託用に応用する事が考えられます。
少なくとも支出(将来の支出を含みます)に関する信託事務、受益者に報告が必要な信託事務、法律問題が絡むような信託事務については、その内容を詳細、明確に記録すべきでしょう。
4.まとめ
受託者は家族(他人)の財産を預かる為、法律上様々な義務が課せられています。
「家族間の事なんだから、多少ゆるく考えても良いんじゃないか・・・?」と思ってしまいがちですが、家族とはいえ、あくまで他人の財産を管理するのです。
その為、法律上決められた事はきっちりと行いましょう。
また、今回ご紹介した受託者の事務はあくまで一例です。
信託の目的や信託財産の内容によっては、受託者のやるべき事が大きく変わってきますのでご了承下さい。
当事務所では家族信託開始後のご相談も承っております。
受託者が行う事について具体的に何を行えば良いのか、お困り、お悩みの場合はお気軽にご相談下さい。