
こんにちは。司法書士の甲斐です。
今回は、遺産分割協議書やその他の契約書に実印を押すと、後から無効を主張する事が難しい理由を説明します。
色々な相談を行っていると、
「契約書に実印を押したんですけど、契約書の内容について説明はありませんでした。こんなのは無効ですよね!?」
と言うお話を良くお伺いする事があります。
ほとんどのケースでは、
「実印を押したのだから、もうダメですよ。」
と言う専門家の回答がかえってくると思うのですが、
「どうして実印を押したら、その契約(法律行為)の無効を主張するのが難しいか?」
疑問に思いませんか?
実はその疑問について応える裁判所の判例があるのです。
今回はその判例をご紹介して、「だから実印を押す時は慎重に!」と言うお話をしたいと思います。
1.そもそも、なぜ遺産分割協議書等の書類を作成するのか?
まず、最初にそもそも論です。
どうして契約書や遺産分割協議書等を作成する必要があるのでしょうか?
勘違いをされている方がいらっしゃるのですが、契約や遺産分割協議は、書面を作成したらその効果が発生するわけではありません。
あくまで、口頭でのやりとりでOKなのです(一部例外はありますが)。
この話をするとビックリされる方もいらっしゃるのですが、ではなぜ書面を残すのかと言いますと、ズバリ、「証拠を残すため」です。
遺産分割協議書がなければ、その後の相続手続きが出来ません。
法務局や銀行は「本当に遺産分割協議が成立したの?」と思ってしまうからです。
何らかの契約に基づいて裁判をしたくても、契約書等が無ければ裁判所が困ってしまいます。
本当にその契約があったのかどうかは、裁判所には分からないからです。
契約は原則口頭で成立します。
でも、それを証明する為に書面を作成しますし、実印を押す事になるのです。
2.実印を押すと二段の推定が働く
それではなぜ、契約書や遺産分割協議書に実印を押すと、後からその無効を主張する事が難しいのか、お話したいと思います。
これは有名な判例理論である「二段の推定」と呼ばれるものです。
まず、契約書、遺産分割協議書等に実印が押印されている場合、本人の意思に基づき押印された事が事実上推定されます。
「私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によって顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、当該印影は本人の意思に基づいて押印されたものと事実上推定できる」(最判昭39.5.12)
実印は大切な物ですから、他人に預けたりする事がありえない、だから実印が押印されたと言う事は、本人の意思に基づいて押印されたもの、と言う流れです。
そして、民事訴訟法第228条4項には、文書の成立について、次のような規定があります。
私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
真正に成立=その文書に書かれた契約や遺産分割協議の内容が、当事者の意思に基づいて行われた、と言う意味です。
つまり、
「契約書等に実印が押されたと言う事は、本人の意思に基づいて押印されたものであり、実印が押印されていると言う事は、民事訴訟法第228条4項に基づいて、契約等が有効に成立したと推定される」
と言う理論です。
これが、「二段の推定」と呼ばれる理論であり、だからこそ、その無効を主張するのが難しい、と言う結論になります。
なぜなら、二段の推定により、契約等が有効に成立した事が推定されてしまうからです。
3.どうやって契約や遺産分割協議の無効を主張するのか?
一段目の推定と二段目の推定に分けて考える必要があります。
例えば一段目の推定を崩したいのであれば、
・別の目的で実印が悪用された事を証明。
・本人が寝たきりで体を全く動かす事ができず、本人が押印する事が考えられない事を証明。
このようなケースが考えられます。
二段目の推定を崩す場合は、
・文書作成後に文章が変造がされた事を証明。
・全く別の意味の、他の書類と思い込ませて押印させた事を証明。
このような事が考えられます。
4.まとめ
気づかれたと思うのですが、上記の無効を主張する場合の証拠を用意する事は、ハッキリ言ってしまえば非常に困難です。
このように、実印を押すのは簡単ですが、その無効を主張する事はとてつもない苦労を強いられる事になります。
実印を押す時は、
「何か分からないけどいいや。」
ではなく、きちんとその内容を確認し、不明点があれば解決するようにして下さい。