
こんにちは。司法書士の甲斐です。
今回は、相続人の中に被相続人の方がいて、その被後見人に相続を放棄させたいと思われている方向けの内容です。
【事例】
Q:私の父が先月亡くなりました。
相続人は母と長女である私、長男である弟の3人なのですが、相続の話し合いについてご質問があります。
実は母親は認知症で、数年前に後見の申し立てを行い、私が母の成年後見人になりました。
母はほぼ寝たきりの状態であり、父の遺産を相続しても、それを活用する事はできません。
その為、母については相続放棄を行いたいと考えています。
成年後見人は被後見人の法律上の代理人ですので、母の相続放棄を代理で行う事ができると思いますが、実際にはどのように行えば良いのでしょうか?
A:事例の場合では、後見人であるご相談者はお母様を代理して相続放棄を行う事はできません。
成年後見監督人、もしくは特別代理人が相続放棄を行う必要があります。
ただし、被後見人の相続放棄は原則行ってはいけません。
1.成年被後見人の相続放棄の注意点
成年被後見人は、基本的に意思能力や判断能力を常に欠いている状態です。
その為、遺産分割協議や相続放棄等の法律的な行為については、単独で有効に行う事はできません。
そのような時、被後見人の法律行為が必要になってくる場合は、被後見人の法律上の代理人である、成年後見人が代わりに法律行為を行う事になります。
以上が原則的なお話しなのですが、事例のように、被後見人と後見人が同じ相続人と言う立場である場合、もし母が相続放棄をした場合、子である後見人の相続分が増加します。
つまり、被後見人が不利益になり、後見人が特をすると言う関係になり、このような状態で後見人が被後見人の相続放棄を行うと『利益相反行為』に該当します。
(利益相反行為)
民法第826条
- 親権を行う父又は母とその子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。
- 親権を行う者が数人の子に対して親権を行う場合において、その一人と他の子との利益が相反する行為については、親権を行う者は、その一方のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければならない。
(利益相反行為)
民法第860条第826条の規定は、後見人について準用する。ただし、後見監督人がある場合は、この限りでない。
このように、被後見人の相続放棄を行いたい場合は、後見監督人が選任されていれば後見監督人が行う必要があり、後見監督人が選任されていなければ、家庭裁判所に対して特別代理人の選任の請求を行わなくてはいけません。

なお、遺産分割協議で被後見人に遺産を相続させないようにしたい時も同様です。後見監督人か特別代理人が被後見人に代わって遺産分割協議を行う必要があります。

でも、相続放棄って、書面を提出すれば良いだけですよね?しれっと被後見人本人名義の相続放棄の書類を作成して、家庭裁判所に提出してしまえば良いのではないですか?

確かにそう言った方法も考えられますが、当然ながらその相続放棄は無効です。『バレなきゃいいでしょ?』と言う問題ではないのです。
2.実は被後見人の相続放棄は原則NG
このように、法律上は成年被後見人も相続放棄を行う事ができるのですが、実際問題として、後見監督人も特別代理人も、『被相続人の法定相続分』は確保する必要があります。
後見監督人も特別代理人も、被後見人の財産について『善良なる管理者の注意義務(「善管注意義務」と言います。職務上の高度な注意義務と思って下さい。』があります。
その為、被後見人について、法律で認められた法定相続分を下回るような遺産分割協議や相続放棄を行う事は許されず、後見監督人や特別代理人が、もしも被後見人に不利益な行為を行った場合、損害賠償の対象になる事もありえます。
また、そのような被後見人にとって不利益な行為は、そもそも家庭裁判所から注意が入るでしょう。
以上の点から、被後見人の相続放棄や遺産分割協議で遺産を相続させない事は、原則行ってはいけないと考えて下さい。

ただし、被相続人に遺産が全くなく、借金しかない場合は例外です。このようなケースであれば、相続放棄は認められるでしょう。
3.まとめ
「そうは言っても、寝たきりで外出もしない人間がお金を持っても仕方が無いでしょう!!」
とお怒りになる方もいらっしゃるかもしれませんね。
しかし、意思能力がなくても、寝たきりで外出できなくても、被後見人はあなたと同じ一人の人間です。
同じ人間である以上、大切な財産をしっかりと守っていく必要があります。
財産に関連する事は法律上適切に行う必要があり、テキトーに行う事が許されない事をご注意下さい。