
こんにちは。司法書士の甲斐です。
本日は相続人の一人(主に長男の場合が多いです)が、「自分が全ての遺産を相続する!」と主張してきて困っている方向けの記事です。
相続が発生した場合、現在の法律では相続人となれる人が決められており、かつその相続分(法定相続分)も決められています。
また、相続人全員で合意すればこの法定相続分とは異なる遺産の分け方を行っても構いませんし、実際に法定相続分にとらわれず自由に遺産を分けているご家庭も多いでしょう。
しかし中には、「自分が長男なのだから、自分が遺産を全て相続して当然!」と他の相続人の意見を無視して、昔ながらの考え方の主張を行ってくる相続人が少なくありません。
これは「家督相続」と呼ばれる制度で、簡単に言ってしまえば『家』を継ぐ者がその義務と引き換えに遺産を全て相続する、と言う制度です。
家督相続は、戦前の旧民法の制度であり現在は廃止されています。
ところが「長男が家を引き継ぐ」と言った昔ながらの考え方に固執されている相続人がいる場合、この家督相続を主張してきて相続の話し合いが難航する場合があります。
本日はこのように「全ての遺産を相続する!」と長男が主張してきた場合の対応策をお話しして行きたいと思います。
1.家督相続とは?
家督相続とは、旧民法(明治31年7月16日から昭和22年5月2日まで施行)における遺産の相続方法です。
被相続人である戸主(一家の主人。家族を統率する者)が亡くなった場合、長男が必ず全ての遺産を継承・相続するのが原則とされていた相続の方法です。
被相続人に子供が何人いても、原則は長男が「家督」相続人となり、その家にあるすべての財産を受け継ぐ、強力な権限があります。
昔は「家」と言う考えが非常に重要視され、その家を継ぐ者に全ての財産を相続させると言う事は、その時代においてはマッチしていました。
しかし、時代と共に相続に関する考え方も変化し、旧民法は戦後である昭和22年に日本国憲法の趣旨に併せた大幅な改正がされました。
現在では家督相続の制度は法律上存在しませんが、今でも「長男が全て相続すべきだ!」と言う考え方を持っている長男の方はいらっしゃいます。
その為、長男VS他の相続人と言う対立構造が生まれ、長期間に渡ってもめる相続になる事もあるのです。
2.長男が家督相続を主張してきた場合の対処方法
家督相続は旧民法での制度ですが、今でもこれを主張する人は少なくありません。
「俺は長男だし、長男は家を継ぐのだから、遺産を全てもらって当然」
「お前達(長男以外の他の兄弟)は、家を出て行ったのだから、遺産を相続できるわけがない」
と主張して、もめる相続に発展する事があります。
遺産が多い少ないは関係ありません。
この場合の対処方法として、下記の方法があります。
① 現在の法律を教えてあげる
意外にも家督相続を主張する人は、現在の法律の相続制度を知らない方が多いのです。
その為、長男以外の他の兄弟も相続人になり、相続分がきちんとある事を説明しましょう。
また説明だけではなく、証拠として実際に民法の条文を示してあげましょう(民法第900条です)。
現状の法律が被相続人の子供(兄弟姉妹)に相続分を認めているのだから、仮に遺産分割調停や審判になった場合に、長男の主張は認められる事はない事も説明してあげましょう。
② 「長男が全て遺産を相続すべき」と考える理由とその証拠を提示してもらう
法律は法律として、長男にも「遺産は全て自分が相続すべき」と考える理由が必ずあります。
例えば、被相続人の事業を引き継ぐために遺産が必要であったり、そのような理由です。
それを丁寧に、深く聞き取り、それに対する証拠も提示してもらいましょう(おそらく、証拠はありませんが)。
長男が単なる勘違い、思い込みで「遺産は全て自分に」と思っている場合、長男自身が深く考える事で、自分自身の考え方を変えるかもしれません。

どうして、「長男が遺産を全て相続すべき」と思われるのですか?

どうしてって、長男が家を引き継ぐ責任があるからです。

家を引き継ぐって、具体的にどう言う意味ですか?

そりゃ、先祖から続いた一族の流れを絶やさず、将来につなげる事ですよ。

なるほど。一族の流れを将来につなげるために遺産が必要なのですね。では、遺産さえあれば、〇〇家を将来絶やさなくてすむ、と言う事ですね?

ええ、そうですよ。

でも、あなたのご家庭が何らかの事情、例えば事故や病気等で跡取りがいなくなる事も十分に考えられませんか?それは遺産を全て相続した事とは別の問題です。その時はどうすれば良いのでしょう?

その時は、他の兄弟に頑張ってもらうしかないでしょ。

あなたが遺産を全て相続すれば、他のご兄弟は頑張る事もできないかも知れませんよ。

・・・・・。
上記は極端な例ですが、このようにしっかりと長男自身が自分自身の認識について気付くような質問をしてあげる事で、状況が変化するかもしれません。
なお、この時の注意点は、けっして問い詰める事はしない、と言う事です。
問い詰めるような質問の仕方をすれば、相手も感情的になり、ロクな結果になりません。
感情的にならず、冷静に質問するようにしましょう。
③ 被相続人だったらどう考えるか?を想像する
最後は感情に訴える手法で、「被相続人(父や母)だったら、どう考えるか?」を想像して、長男と話し合ってみましょう。
遺産はあくまで被相続人が必死になって作り上げた財産です。
その為、自分の財産をどのように処分すべきかは被相続人に任せるのが一番良いのです。
しかし、被相続人はもうこの世にはいませんので、生前のご家族との接し方から、被相続人が自分の財産についてどうしたかったのかを想像してみるのです。
これは理論的な話しと言うよりも、感情に訴えるやり方です。
理論だけではなく、このような方法も重要になってきます。
④ 最終手段:遺産分割調停・審判
長男に考えをあらためてもらう様々な方法はありますが、とは言え、何ら根拠がなく「自分が絶対に正しい」と思っている長男もいる事でしょう。
このような長男の場合、「理解してもらう」「分かってもらう」等は無駄な努力になる可能性が高いため、遺産分割調停や審判を利用し、速やかに法律的に解決するほうが良いでしょう。
3.まとめ
相続の場面では、時にはとんでもない主張をしてくる相続人がいます。
今回の「長男は遺産を全て相続して当然」と言うのはその典型的な例ですが、その時に重要なのは、けっして感情的にならないと言うことです。
何度もお伝えしますが、感情的になっても問題は解決しません。
「長男が言っている事がどう考えておかしい!」と言う感情はいったん横に置いて、まずは迅速な相続問題の解決のために、冷静な対応をしてみませんか?
相手と同じ土俵に立つのではなく、後方から全体を客観的に見つめなおす事により、今まで気が付かなかった突破口が見つかるかもしれません。